整えた髪の背中に折れた襟
いつ気付くかな母の残り香
2024.1.9
整えた髪の背中に折れた襟
いつ気付くかな母の残り香
2024.1.9
あなたのいない人生を
私は知らない
あなたのいない初めての日は
いつもより長い夜が来て
いつも通りに朝がきた
私が生まれてからずっと
あなたはどこかにいたのだけれど
今はもう
私が自分で開かなければ
なんの扉も閉じたまま
写真は私に微笑むが
ぎゅっと小さくなった白い箱は
黙ってそっぽを向き続けている
あなたのいない人生を
私は知らない
あなたがいなくなって幾日か
いつも通りの夜が来た
あなたのいない人生を
初めて歩む
夜を待っていた
無限の可能性が閉じる夜を
どこへでも行けたはずの道は
夕暮れをすぎると
あっという間に暗闇に変わった
すこし遠くで花が咲いた 気がした
ただ一つの道だけがやけに光って見えた
仄かな灯りを辿りゆく
ほんの200mの冒険が
なまけものの人生だった
なまけものは
また眠る
流れ星は叫んでいた。
「誰か!私を止めてください!」
叫びは、どこにも届かないまま真っ暗な闇にすぐ吸い込まれ、流れ星はただ流れ続けた。
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どれくらい漂っただろうか、遠くに眩しい星達が点々と見え始めた。
「おーい」と手を振ると、「おーい」という声が聞こえた。
遠くにみえた星たちは、放物線を描きながら近づいてきて、気付くと私の隣で流れていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「寂しかったから、嬉しいな」
「僕も」
僕も、僕もと、星達はざわめき、微笑んだ。星達は、遠くで眺めて思っていたより、意外と、私と同じくらいの大きさだった。
私たちは一群になって、大きな光となった。
通りすがる隕石を、惑星を、全てを照らす、あたたかい光だった。
「僕たちって、友達っていうのかな。」
そうだ、そうだよと、また星達はざわめいた。
しかし、ほんの僅か、ほんの1度にも満たない流線の向く先の違いが、無限遠を飛ぶ私たちにとっては、どうしようもない運命だったらしい。
やがて私たちは少しずつ少しずつ離れていき、皆バラバラに、遠く消えた。
「また会おうね。」
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「私は昔、お母さんだったの。」
私よりほんの少し大きい星が教えてくれた事がある。
「あんまり昔だから、なんにも覚えてないけど。でも確かに、誰かのお母さんだったんだ。」
私も無限に思える時間を飛んできたから、昔の事は忘れてしまった。そういえば私も誰かの子供だったのだろうか。
ふと星は、ただ連れ添って、光っていただけのときのことを思い出した。
やわらかい光であった。
一人で流れていた星は、広い広い宇宙の中で、突然フッと燃え尽き消えた。
高速道路を走ると
田んぼと雲と大きな看板が目に留まった
速いほど
広くて遠くて大きいものばっかり見えてきて
近くて小さいものはすぐに流れていった
出社時間に間に合うように速歩きをする今朝の私は
何を見ていたんだろう
ふと立ち止まってみると
夏の空に林の緑
私の影がクッキリみえた
遅刻しないよう また走る
いま出会ってたら私たち
友達になってなかった
あの頃は、弱さが剥き出しで
ホントの君が肌蹴てた
指先から
愛想笑いがばれるのを怖がってたら
コップを持つ手が右か左か
分からなくなっていた
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強い瞳に掴まれて
呼吸の止まった胸からは
言うはずじゃなかった言葉が出てた
私の身体と眼からでは
せいぜい半径100mの
私の世界しか想像つかなかった
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虹色の泡の軌跡に惹かれる子供の方が
美しいと思ったから
「カワウソが好き」って水族館で嘘ついた
お爺さんが亡くなったとき
皆が知らないオソウシキに行くために
幼稚園を休むことを自慢した
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小雨に降られた飲み帰り
暗い夜道の水たまりには
コンビニの光だけが眩しく反射していた
触れてしまいそうな程近くを
急行電車と突風が通り抜けた時
私は立ち止まっていた
電車の灯りはまっすぐに
透明な虹の軌跡を描いた
最近ずっと、何か忘れ物をし続けているような気がする
本当は心の透き通るような話をしたかったけど
何も思いつかないから
夕日が差しこむ助手席で黙ってた
電車は暗い雨の夜に遠く消えていった