整えた髪の背中に折れた襟 いつ気付くかな母の残り香 2024.1.9
あなたのいない人生を 私は知らない あなたのいない初めての日は いつもより長い夜が来て いつも通りに朝がきた 私が生まれてからずっと あなたはどこかにいたのだけれど 今はもう 私が自分で開かなければ なんの扉も閉じたまま 写真は私に微笑むが ぎゅっと…
夜を待っていた 無限の可能性が閉じる夜を どこへでも行けたはずの道は 夕暮れをすぎると あっという間に暗闇に変わった すこし遠くで花が咲いた 気がした ただ一つの道だけがやけに光って見えた 仄かな灯りを辿りゆく ほんの200mの冒険が なまけものの人生…
流れ星は叫んでいた。 「誰か!私を止めてください!」 叫びは、どこにも届かないまま真っ暗な闇にすぐ吸い込まれ、流れ星はただ流れ続けた。 --- どれくらい漂っただろうか、遠くに眩しい星達が点々と見え始めた。 「おーい」と手を振ると、「おーい」とい…
高速道路を走ると田んぼと雲と大きな看板が目に留まった 速いほど広くて遠くて大きいものばっかり見えてきて 近くて小さいものはすぐに流れていった 出社時間に間に合うように速歩きをする今朝の私は 何を見ていたんだろう ふと立ち止まってみると 夏の空に…
いま出会ってたら私たち 友達になってなかった あの頃は、弱さが剥き出しで ホントの君が肌蹴てた 指先から 愛想笑いがばれるのを怖がってたら コップを持つ手が右か左か 分からなくなっていた --- 強い瞳に掴まれて 呼吸の止まった胸からは 言うはずじゃな…
触れてしまいそうな程近くを 急行電車と突風が通り抜けた時 私は立ち止まっていた 電車の灯りはまっすぐに 透明な虹の軌跡を描いた 最近ずっと、何か忘れ物をし続けているような気がする 本当は心の透き通るような話をしたかったけど 何も思いつかないから …
いつもの乗り換え駅で降りたはずなのに 見慣れない場所に立っていた 知らぬ間に、1番線から2番線へと 到着するホームが変わったようだ 毎朝なんとなく目の前にあった大きな木はステンレスの車体に隠され 遠く向こうから鳥の鳴き声だけが聞こえた 毎日続くと…
大粒に変わった雪を見て 気まぐれに傘を閉じると 綿のような雪が ぱさぱさと頭を小突いた 初めはその優しさが心地良い気がしたが すぐに雪は溶け 髪を重々しく濡らした 額に雫が伝う頃 私は傘をまた開いた
地下鉄のドアが開く。なだれ降りてくる何十人もの乗客と無言ですれ違い、湿気った空気のこもる電車に詰め込まれた。 無数の人々の呼吸や自動で流れてくるアナウンスをイヤホンで塞ぎ、音量を上げた。 --- 真っ暗な月夜のちいさな入江には、そよ風に揺れる森…
閉じてゆく私の青春は、どれだけ美しかったでしょうか。 朝日に光るやわらかい産毛は、掌をほんの少し返すだけで、いとも簡単に翳った。 --- どんなに嫌でも私の青春は今で、今しかなかった。 電車を何本も見送って、何かを待っていた。行きたい所なんてなか…
「どうして幸せになんかなれないのに僕を産んだの」と泣きついた。 ついに言ってやったぞと、母に見えない復讐に心臓はじんわりと灼け、卑屈にニヤついた。 母は、驚きも慰めも謝りもせずに 「健太、あんたおかしいよ。前の健太に、戻ってよ。」と、空回りし…
「別に何やっても意味なくね、どうせ死ぬし。」って、そんなつまんない顔で食べるなら、ビーフシチューなんか作るんじゃなかった。 カチャカチャとスプーンの音だけが鳴る。あなたの眼鏡の金色の縁は、蛍光灯の安い光を照り返した。 --- なんでも知ってる所…
傷ついた心を笑顔で隠すのが大人なんでもないって言ったけどあのときあなた、泣いてたね 夜の池袋、大声で騒ぐ人達にビックリするからイヤホンつけた LEDの乾いた光が鋭く目を皮膚を突き刺す今日は黙ってたいからセルフレジ 満員電車で知らない人と目が合っ…
ハタチの誕生日、誰にも祝われなかったのが悔しくて、誕生日の終わる1時間前、独り表参道で降りた。 シャンパンゴールドの光を照り返す、泡のようなガラスで出来たビルたちに囲まれたら気が晴れる気がして来てみたが、思っていたより見慣れた景色で、すぐに…
些細な事にありがとうって言わないで嫌なら嫌って普通に言って 昔の話なんかより明日のランチの話がしたい 私の愚痴には頷いてればいいだけなのに 昨日つくってくれたカレー すごくおいしかった 来年の誕生日もたくさん友達また呼ぼう 私にはちゃんと名前が…
「あらま、よく太ったね、翔太」と祖母が初めに声をかけたのは、たまに会っていただけの肥満の弟だった。 8年間2人だけで共に暮らしてきた私の顔を見ると、「この人は誰だい」と皺枯れた声で聞いてきた。 --- 家に帰ると尿で濡れた絨毯の上に倒れ込んでいて…
誰も聞いてない警察官の拡声器が、どこにも届かずすぐ消えた。若者のつんざく笑い声や、大型ビジョンから流れるAIの平坦なナレーションが、幾千の人々のどよめきの中にひしめき合っていた。 渋谷のスクランブルの頭上には、星など見えない濃紺の空が重く迫っ…
3週間に一度恋しちゃってるのは、多分最近暇だから。 憧れてた人とデートできたけど、久々に会ったらこんなオジサンだったっけ。目尻の皺は可愛いけど、そんなに会社の悪口言わないで。 ほんとは好きじゃないこと気づいてたけど、あのドキドキを手放すのが…
犬の死ぬ映画は嫌い テレビゲームも酔うから出来ない でも あなたが好きって言ったから。 1ヶ月前から有給合わせて ディズニー行こうって約束したの 破ってごめん 行ったらきっと楽しかったから ディズニーを嫌いにさせちゃうと思った 喉から言葉が出なくて…
弟といえども他人なんだと初めて知ったのは、24歳のころだった。 「おれ、アイツといると、何話せばいいか分かんないんだよね」と言っている事を、母づてに聞いたのだ。 昔は一緒にスマブラしてたのにね。 --- 弟は脳に損傷のあるかなり気難しい父と住んでい…
「はい、できあがり。」 美容師がそう言うので目を開くと、サザエさんのワカメちゃんみたいなダサい女がいた。 「あ、できたの?えー、めっちゃオシャレじゃん!」と肩に置かれた友達の手が、生ぬるく、重たかった。 ----- 大学はどうにか勉強して東京の所に…
就活の為にきつく縛ったポニーテールは、私の目をわずかに吊り上げた。息はピンと張り詰め、鼻の浅いところまでで行き来した。 --- 高校生の頃、受験の時期が一番居心地が良かった。高1の4月は友達が出来たと舞い上がっていたが、好きな事もなくぼんやり帰宅…
車窓の形をした四角い光が 立ち止まり続ける人々の中を 右から左へ、次々に流れていく 目に刺さる曇天の鈍い光が 丈の短い女子高生の静かな足を 白くぼやかした --- 鼻にツンとくる塩素を、溺れかけのプールで飲み込んだ。泡立った水面を行き来しながら見え…
知らない所に行っても、何にもならない。 働いてない時に、毎日毎日知らない街へと自転車を漕いでいたら、いつのまにか東京の地図が、平坦で狭苦しく見えはじめた。 --- 二日酔いで目が覚めて、あ、今日はジムにはいけないなぁと思った。仕事から家に帰るだ…
中学のとき、お前そんなの聞いてんのって馬鹿にされたラップの曲 好きな人のスマホから流れて心強く思った28歳 すぐ振られたけど --- 夏の思い出を 冬に聞くような思春期だった ギャルと過ごしたこと 一回もないけど 波音にかき消されるほど 控えめに流す …
ときどき ワッと泣き出したくなる悲しいことなんてないけど ときどき 海に行きたくなる知らない海へ ゴムの膜のように身体中にへばりつく退屈を走って 走って 破りたい 夜道の信号がいっせいにかわった誰もいない道
①中国の人:低い声。お洒落なジーンズの上着。おおきいスクリーンには、字幕の映画が流れていた。萎えたときにクッとお酒を飲みこむ。『中国人と日本人は付き合い方が違うから面倒になった。』『刺激が欲しいから、日本はもういいかなと考えている。』 ②詐欺…
トントントンとまな板と包丁がぶつかる、ぶっきらぼうな音が聞こえる。他には蝉と、家の中にある何かのモーター音しかなかった。母がバタン、バタンと冷蔵庫を閉めるたび、叱られているような気がした。母は綺麗な人だった。ノースリーブとショートパンツだ…