平成の終わる夜
誰も聞いてない警察官の拡声器が、どこにも届かずすぐ消えた。若者のつんざく笑い声や、大型ビジョンから流れるAIの平坦なナレーションが、幾千の人々のどよめきの中にひしめき合っていた。
渋谷のスクランブルの頭上には、星など見えない濃紺の空が重く迫っている。
平成が終わる夜、私の意味なんかかき消してしまう程の群衆の中で、あなたが隣にいた事は、運命なんだと思った。
24時が近づくにつれ、止め処なく人は増え続け、私たちはぎゅうぎゅうに押し流され、最早どこへも行けなくなっていた。
あなたは時計を見つめて、まだかなと笑った。
23時58分、59分と、どんどんとざわめきが大きくなっていく。
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…11! 10! 9! 8! 7!
突然始まった大きな大きなうねりの中で、私はあなたの手を握った。
6! 5! 4!
私が何をしたとしても人々の高揚は鳴り止まず、何が起こったとしても身を委ねるしかなかった。
3! 2! 1!
あなたのきらきらした瞳は、私ではなく、空を見上げていた。
0!
ワアアアアアという歓声と共に、目の前で透明のビニール傘が5本、ふわりと空に飛んだ。
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私は早朝のスクランブルに、一人で立っている。
あの日、カウントダウンが終わるとあっけなく人々は散ってゆき、それぞれの終電車に乗った。次の日からも何が起こるでもなく、人々は真面目に、満員電車に乗りながら平常な日々を続けた。
水色の影が落ちた渋谷の空気は、ひんやり澄んでいる。何も映らない大きなビル達は私をとり囲み、沈黙を続けている。