故郷
地下鉄のドアが開く。なだれ降りてくる何十人もの乗客と無言ですれ違い、湿気った空気のこもる電車に詰め込まれた。
無数の人々の呼吸や自動で流れてくるアナウンスをイヤホンで塞ぎ、音量を上げた。
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真っ暗な月夜のちいさな入江には、そよ風に揺れる森と、やさしい波の音だけがした。
教室の喧騒の中で聞く貴女の消え入りそうな歌声は、さざなみの間だと静かで、澄んで聞こえた。
「来年で卒業だね。」
真っ白く清潔なセーラー服は、一切の湿気を含まずにピンと立って、風を透き通していた。
さっき買ったばかりの冷えたサイダーは、あとふた口だけだったから、最後のひと口ずつ舌で転がして、泡を溶かした。
私が無言で手を握ると、セーラー服の乾いた布同士が擦れる音がした。
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十数年ぶりに帰省すると、とっくにセーラー服を脱いだあの子が、叔母さんと同じ銀行員の灰色のスカートを履いていた。
久しぶりと笑ってくれた彼女は少し太ったように思う。銀行の中でもしっかりと聞き取れるほど、明るい堂々とした声だった。子供も3人産んだらしい。
「何もなくてもまたおいで」と手を握ってくれた彼女のシャツは、しっかり糊が張られて、真面目にピンとしていた。